【第2回】ロケハンと撮影

M彦
表の、面をつけた男と女の子の写真が話題を呼んでいるようですが。
シカタ
ありがたいことです。
M彦
あの写真はどういった経緯で撮影されたのですか?
シカタ
まず写真全体のイメージから入ったのですが、最近のクロムはポップ色が強くなってきているということで、写真でポップというと蜷川実花*1だろう、というイメージが第一にありました。まあ、本当のことを言えば蜷川実花さんに撮ってもらえればそれが一番なんですが、もちろんそういうわけにはいかないので、作風を真似るというか、まんま真似するのではなく、色合いの方向性を意識しました。
M彦
たしかに蜷川さんの写真は毒々しいまでの色彩ですが、これはそれほどでもありませんね。
シカタ
そう、「ああ、言われてみれば、、、」程度でいいんですよ。パクりがしたいわけではありません。
M彦
私はそれほど写真に詳しくはないのですが、蜷川さんはデジタル処理をするわけではなく、あのような色彩を出されるそうですね。その辺りも真似ていますか?
シカタ
それは手間なので、こっちはデジタル処理しています。最終的なイメージに最短距離で近づくためには、デジタルだのアナログだのと言ってられません。その時々に適した手段を選びます。彼女は作品づくりでそうしているのでしょうが、我々はまず納期を見据えての製作ですから、悠長なことはやってられません。
M彦
では、撮影の時に気をつけられたこととかはありますか?
シカタ
いくらデジタルで処理するといっても、基の写真の質が良いことが前提です。色褪せた画像では、処理の限界があります。パソコンでレタッチすることが当たり前になってからは、手を抜いて撮影する人も多いみたいですが、それは間違いです。
M彦
デジタルカメラでの撮影ですか?
シカタ
いえ、フィルムでの撮影ですね。色鮮やかさ、解像力を考えると、その時の選択肢の中ではフィルムに軍配があがりました。ネガフィルムとポジフィルム両方で撮影しています。ネガはAGFAのULTRAという、ネガの中では最高の色彩を誇るフィルムです。ポジはフジのベルビアです。これも色鮮やかなことで有名なフィルムですね。結局でAGFA ULTRAで撮ったテイクが採用になりました。
M彦
なるほど、フィルムにも相当のこだわりがあるんですね。カメラにはどんなこだわりがあるんでしょうか?
シカタ
カメラはPENTAXのKXというものを使いました。これは私物の機材で、いつも公私ともに使っているものです。30年前のカメラで、すべてマニュアル制御ですが、マニュアル故の使いやすい道具ですね。手になじみます。別に懐古趣味で使っているわけではありませんが、古いものには古いものの良さがあり、絞り環とシャッタースピードダイヤルで直感的に操作できるのが強みです。フィルムには思い描いているイメージにあったものを選ぶ必要がありますが、カメラは自分が使いやすいものと、画質に折り合いのつくものを選べばいいんじゃないでしょうか。
M彦
面をつけた男と少女が印象的ですが、被写体についてのこだわりはありますか?
シカタ
こだわりは青木さんの意向ですね。防具の面を一種のフェティズムとして捉えているつもりです。青木さんからもらった資料の一つに、1934年の映画「フランケンシュタイン」のひとコマがありました。

シカタ
きっと異形の男を女の子が理解するような感動的シーンなんでしょうが、白黒でわかりずらいでしょうけど、きっと背景の湖やお花畑がとても風光明媚で綺麗な景色なんでしょうね。少女の内面を映してるといってもいいんじゃないでしょうか。その色鮮やかさが、蜷川実花風の発色に結びつきました。
M彦
フランケンシュタイン」とは違い、キスをしていますが?
シカタ
もちろん「フランケンシュタイン」のようなシーンも撮りましたが、それも含め、いろいろなポーズで撮影しました。結果、キスシーンが採用されただけです。再現に固執するよりは、防具の面を生かしたおもしろい絵作りをしようと思ったからです。この他にも、面男にチュッパチャプップスをなめさせてあげようとするけど、面が邪魔で入らない、みたいなカットもありました。だいたい200カットぐらいは撮っていると思います。
M彦
それはすごいですね。
シカタ
朝早く10時頃からロケ地入りしましたが、終わったのは昼の2時ぐらい。途中20分ほど昼食の時間があっただけで、撮影はぶっ通しでした。
M彦
ロケ地はどこですか?
シカタ
万博公園です。撮影日は4月の後半だったかな。3月に花畑を求めて青木さんとロケハンをしたんです。鶴見緑地万博公園を下見しました。鶴見緑地は全体的にダメな印象で、万博公園も、その頃はまだ花畑がなかったので、いまひとつイメージを掴みかねているところに、落ちていたビラを拾ってみてみたら、4月にポピーという花が満開になる、という情報が書いてあったので、コレだ! と確信してロケ地と撮影日を決定しました。
M彦
写真の内容に戻りますが、空が完全なる青じゃなくて、すこし緑に近いような微妙な色をしていますね。これもこだわりのひとつですか?
シカタ
そうです。実は現像と同時プリントをした時、お店の機械が故障し、ネガに問題はありませんでしたが、プリントが黄ばんで出て来たんです。ちょうど色褪せたような感じで。その色みがノスタルジックでいいなあ、と思ったんで、すこし黄色みを持たせた発色にしています。やりすぎると狙いがバレバレなので、御指摘のとおり、空の色ぐらいでしかその差を見いだすことはできないようにしています。
M彦
しかし、200カット撮ったり、色へのこだわりであったり、並々ならぬ努力ですね。
シカタ
最初にカヴァーを写真で、と提案したのは僕なので、その時の自分に出来る最大限に良いモノを作ろうとした努力の結果ではあると思うし、それが責任だと思いました。色合いに関しては、蜷川実花風から少し色褪せた感じも含めて、クロムモリブデンというカラーとして狙い通りに出せたと思うし、200カット撮るのは、プロからしたら普通だと思いますよ。写真をやる人たちの間ではよく言われることなのですが、写真は引き算なんです。たくさん撮って、消去法で選んで行く。今回いい写真がとれたのは、10の準備をして、10をすべてぬかりなくこなせたからだと思っています。手間や努力をすればするだけ、クオリティの高いものが得られるということですね。

(第3回に続きます)

*1:演出家・蜷川幸雄の娘にして木村伊兵衛賞受賞者