「鮮烈」という表現に相応しい鮮やかな彩りが私の目に飛び込んで来たのは、5月の末だっただろうか、
HEP FIVEの8階、
HEP HALLでチラシの棚を眺めていた時のことだった。
街中で気に入ったフライヤーを集めることが
日課の私にとって、
HEP HALLのチラシ棚は小劇場演劇のそれを効率よく集められる私のお気に入りである。
善くも悪くも、関西小劇場のフライヤーは、あるいはインディーズバンドや東京の小劇場のものに比べると、全体的のその質は劣りがちだと私は思っていた。しかし、その私の先入観と偏見を物の見事に覆してくれたのが、
クロムモリブデン(
http://crome.jp/)最新作「ボーグを脱げ!」のチラシである。
ファンタ
ジーな色の空の下、花畑の中で剣道の面をつけた黒ずくめの男が、小柄な少女からキスの洗礼を受けている。その二人を突き刺すように、ピンクの帯が貫き、タイトルが「ボーグを脱げ!」。そう、ボーグとは防具、その面を取れ! という意味なのか。
他の演劇フライヤーとは明らかに一線を画す写真、色彩、構図、そして決して商業デザインに劣ることのないクオリティの高いエディトリアル。私の興味はやがてこのフライヤーの製作者へと向かい、クレジットに目をやると、「【宣伝美術】indigoworks 【宣伝写真】シカタコウキ」の名前に驚いた。
今号のbeautiflyer
*1はこのindigoworksのシカタコウキ氏への特別インタビューでお送りする。(文責:小佐田M彦)
indigoworks
主にWEBデザインを得意とするデザイン集団。1998年から1999年にかけて活動。
Javascriptや、当時としてはまだ珍しかった
CSSを駆使した実験的サイトデザインで、ごく一部で話題を呼ぶ。しかし、1999年以後は、メンバーのシカタコウキがindigoworksの名をサイト名として引継ぐも、その実験的なサイトデザインは見られなくなる。
- M彦
- 私は未だクロムモリブデンという劇団は観たことがないのですが、仕事柄いろいろなところでよくこの名前を耳にします。シカタさんはこの劇団との出会いはいつですか?
- シカタ
- 一番初めは、2003年の夏ですか。クロムモリブデンの番外公演「ソドムの中」*2を伊丹のAI・HALLで観ました。
- M彦
- どういう形で関ったんですか?
- シカタ
- いや、その時は純粋に観客としてです。恥ずかしい話ですが、小劇場演劇、いや、演劇というものを劇場で観たのはその時が多分最初じゃないでしょうか。学校で芝居見せられたりとか、衛星放送で宝塚歌劇を見た、とかいうのはありますけどね。御招待をもらったんですが、正直演劇というものに対して先入観があって、いわゆる食わず嫌いだったんですね。まあでもその頃はライブや美術館など積極的に観に行くことが多くて、演劇もその一環で、何事も勉強と思い、観に行くことにしたんです。
- M彦
- おもしろかったですか?
- シカタ
- 美術や照明、音楽には非常に興味を持ちました。でも話の内容とか演技の内容であるとかはあまり記憶にないんですよね。すいません
- M彦
- あまりおもしろくなかったと?(笑)
- シカタ
- まあ、そういうことですかね(笑)おもしろかったら、絶対覚えてますもんね。
- M彦
- 今年は2005年ですから、2年ものブランクが空いて、いきなりフライヤーを手がけることになったというのは、これはまたどういう経緯で?
- シカタ
- いや、それからのクロムも継続的に観ているんですよ。その次の「なかよしshow」*3を東京池袋の国立藝術劇場で観たんですが、これがどっかんどっかん笑わされて、これはすごいおもしろいモノを見つけたぞ! ということで、さらにその次の「ユカイ号」、青木秀樹外部演出のユニット東京「ドレスを着た家畜が」を続けて観に行きました。その頃には既に発表されていたのですが、「ボウリング犬エクレアアイスコーヒー」というのが、年末年始東京だけでやる*4というので、これは遠征してでも観に行きたいな、と思っていたんです。2004年の11月頃に、そろそろ東京行きの交通手配もしなきゃなあ、と思っていたところに、クロムモリブデンの制作を手伝わないか、という話がやってきまして、二つ返事で受けました。クロムモリブデンの公演を4作観てきたところで、その中身を垣間見たいという欲があったんですね。
- M彦
- 先ほど「ボウリング犬エクレアアイスコーヒー」のフライヤーも見せていただきましたが、これはシカタさんの作品ではないんですよね?
- シカタ
- そうです。僕が参加した時点でもう完成していたので。僕がボ犬で関ったのは主に制作として公演受付、そして大阪公演の舞台撮影のみです。
- M彦
- では「ボウリング犬〜」が終わってからが、今回のフライヤーの本格的な参加?
- シカタ
- はい。「ボ犬」の東京公演がちょうど年末年始というスケジュールだったのですが、えーと、1月の4日だったかな? その時にクロムモリブデンのメンバーとして、正式に加入しました。
- M彦
- 宣伝美術担当で加入ですか?
- シカタ
- まだそこまで煮詰めて入団したわけではないのですが、とにかくその当時はWEBサイトをしっかり作れる人材がいない、ということで僕に手がけてほしい、という話にはなりました。
- M彦
- indigoworksのシカタさんですから、それはベストな人選ですね。
- シカタ
- まあ、劇団のサイトを手がけるというのは初めてのことでしたから、いろいろ試行錯誤でしたが。
- M彦
- それでいよいよ、今回のフライヤーの話になるんですね?
- シカタ
- そうですね。「ユカイ号」「ボ犬」のフライヤーは、スチル撮影やカバーイラストはともかく、エディトリアルが酷く、せっかくの写真やイラストを殺すデザインのものでした。これには劇団員全員が頭を悩めていたことだそうで、人材を見つけられず、結局当時の制作さんが見様見真似の知識でデザインされてた、ということでした。
- M彦
- シカタさんはDTPのお仕事もされていた経験があると聞いていますが、それもまたベストな人選ですね。
- シカタ
- これもWEBと一緒で、劇団のフライヤーを手がけるのは初めてのことで、勝手のわからない不安というものはありましたね。でもそれを払拭するために、ミーティングはしっかりきっちり、深いところまで詰めていこう、ということを心がけました。
- M彦
- 実際のフライヤー製作開始はいつだったんですか?
- シカタ
- アートディレクションを始めたのは、1月の末だったと思います。
- M彦
- それはまた早いですね。「ボウリング犬〜」が終わってすぐですが。
- シカタ
- 「ユカイ号」「ボ犬」のフライヤーは、製作期間が短かったのもクオリティの高いものが作れなかった一因だったと聞きました。*5その反省を踏まえて、少しでもフライヤー製作にかける時間をかけていこう、という方針になりました。
- M彦
- アートディレクションとはどういうことを行ったのですか?
- シカタ
- まず主宰の青木さんと「チラシ会議」という名のもと、主に2人で徹底ミーティングを重ねました。クロム新参者なので、これまで長いクロムの歴史*6の変遷、どういうテイストでやってきたのか、青木さんの美術的嗜好などを教えてもらいました。とりあえず、青木さんの好きなデビット・リンチの「マルホランド・ドライブ」と「ロスト・ハイウェイ」を観ました。もちろん、歴代のクロムのフライヤーもこの時点で確認しています。
- M彦
- 今回のフライヤーの具体的なイメージなどはいつ頃出来上がったのですか?
- シカタ
- それもちょうどこの頃ですね。ただ、この頃はまだ芝居の内容そのものはほとんど固まってはいないので、あまり具体的な内容を決定できない、というジレンマもありました。そういう事情もあって、アートディレクションそのものは1月末から3月末ぐらいにかけて徐々に行っていました。
- M彦
- 具体的なことが決まりつつある流れ、みたいなのはありましたか?
- シカタ
- まず最初に「ボーグ〜」フライヤーはカヴァーをイラストにするのか、写真にするのか、イラストならば誰に頼むのか、写真ならどういった被写体であるとか、そういうおおまかなところから入りました。まずイラストか写真か、という点を決めましたね。僕自身写真を撮るから、というのもあるんですが、フライヤーとしてのインパクトとしては、写真のほうがいいのではないか、という話をしたんです。ちょうどその頃に「ボ犬」にも出ていただいた役者・奥田ワレタさんの2人芝居があって、それのフライヤーがA4全面写真で、僕も青木さんも非常に気に入っていました。「ユカイ号」で女優のちょっとエッチなテイストの写真が使われていましたが、フライヤー全面を写真で、というのは実に「去勢クラブ」以来のことで、久しぶりだしいいんじゃないの、という青木さんのゴーサインで、フライヤー表面は全面写真にすることが決まりました。
(次回:[ボ!チラができるまで]【第2回】「ロケハンと撮影」に続きます)